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認知について1

認知についての文をいろいろ興味深く読んで、自分のケースについて書いてみたくなった。なんというか「認知」にもいろんな段階といろんなパターンがあって、本来はひとくくりに出来るものでもないと思う。もっと個人的なものであったはずである。一方で、「認知」という言葉が浸透し、それこそ認知されてしまった功罪で、「認知」るを戦略的に駆使するのが今の若手タレントであるという実感がある。その場合は量産型認知というものが存在しえるのではないか。この量産型認知こそがいま言われている「認知」なのかなと思ったり。

そもそも「認知」という言葉が使われだしたのはここ数年で、それ以前は該当する言葉はなくて、「なんか覚えられてるっぽいんだけど」みたいな感じで親しい友人に話すことはあってもそれ以上ではなくて、認知ってわりと結果論であって「認知されたい!」「認知されるためにがんばる!」というような代物ではなかった気がする。自分がのんびりおたくしてただけかもしれないが。

先に結論から言ってしまうと、認知って別にいいもんでもないし、認知されようがされまいが一緒だし、今のオタクの認知欲求はやがてオタク自身もタレントをも疲弊させ蝕むんではないかと思っている。ここで言う認知は私がすぐ上で勝手に区分けした「量産型認知」です。タレント目線で言うと「戦略的認知」と言っていいかとも思う。

なぜそう思うに至ったかは、ようは自分の体験からなわけで、それを書いておきたいと思う。
とりあえず簡単に自分の状況説明。

自分:この界隈20年オーバーのBBA 。常に最前常に全ステのような資金力体力はない。中途半端な席に中途半端な回数いるだらだら系オタク。茶の間ではないがガッツリでもないゆるオタです。

推しA:推し歴18年。認知。最近はそういう現場がないが、いわゆる出待ち入待ちによく行っていた。昔は禁止じゃなかったのでプレゼントもよくしていた。詳細は後述。

推しB:推し歴11年。認知。出待ち入待ちに全く行ったことがないわけではないが行った回数をはっきり言える。計3回!人数も多かったし、考察的見地からは0回とみなして差し支えない気がする。認知されたのが不思議。ここ4~5年内の認知だと思われる。詳細は後述。

推しC:推し歴8年。認知されてない。全く私の顔を覚えないある意味天使。詳細は後述。

そう、私はカケモチです。どの子がメインということはなく、表面的には全て同じスタンス。現場(とは昔はいわゆる入待ち・出待ち現場をさす言葉だったと思うが、ここでは最近の用法にならい、コンサートや舞台、ナマで推しを見られる機会全般について現場と呼びます)の多い・少ないがあるので、例えば結果的に今年は推しB関連のヲタ活が多かったなとかってことにはなりがちだが、それはあくまで結果論で、基本は同じスタンスのカケモチ。

まず、推しA・Bは記憶力がよく、人の顔を覚えるのが得意なタイプである。どちらもダンスの振り覚えの早さに定評がある/あった。

推しAは若いころ「一度見た人の顔は忘れない」と言ったことがあった。次に見かけた時、その人をどこで見たか、誰といたか全部思い出せるんだそう。いまそこそこ彼も年をとり、かつての記憶力が健在であるかは不明だが、ここまで来ると認知なんて特別でもなんでもない。推しAにとったら一度見たオタクは全員認知である。ここで私は一つ大変重要なことを学んだ。

認知=お気に入りではない

何を当たり前のことを言ってるんだ?と思ったあなたはしごく正常である。安心した。そう思えない人々が認知厨になるのであり、さらに病むと、嫌われても覚えられたい、とにかく強烈な印象を残したい、むしろ嫌われたい、みたいになっていく。界隈でいう「認知の歪み」?相手は神ではない。あなたが生きている証を刻む壁ではない。タレントだって人間だ。そこを見失うと双方に不幸なことになると思う。
お気に入りになれるとはおこがましくて思えなかったが、覚えられた以上は私は彼に嫌われたくなかった。(彼は明らかに個人的に「お前みたいなファンはいらない」という態度をとることがあり、それでも居座り続けて彼のほうが根負けして認められた人が3人いるが、それ以外はみんな去った…)そもそも覚えられたいという欲求は私にはなかったので、たまたま好きになったタレントが驚異の記憶力の持ち主で覚えられちゃったよって感じだったせいもある。信じられないかもしれないが私が推しAの入待ち・出待ちに行くようになったのは「直接手紙が渡せる」、確実に本人に手紙が渡る、しかも他の人の目に触れない。ということが動機だったのである。同じスタンスと言ったが、手紙に関してもっとも濃い内容を書いているのは、今でも推しAに対してであると思う。後は推しAに書いているから平等にって感じでごく短い、内容のほぼないものが多い。
推しAはよく言えば真面目で清廉潔白で責任感の強い、悪く言えば神経質で狷介で人に滅多なことでは頭を下げない人間で、自分にも厳しいが他人やオタクにもやたら細かく厳しかった。とにかく嫌われたくなく、軽蔑されたくなかったので、彼の嫌がることは一切しなかった。寒いので受け取りしたくないといえば、風邪をひくくらいならしなくてよいと言い、服装に苦言を呈されれば(少しでも胸元が開いた服が嫌いだった。当時流行りのギャル系も嫌いで、上品カジュアルという謎の系統を目指すはめになった)即効服装を変えた。たかがアイドルにと思うかもしれないが、家族や恋人でない、距離のある関係だからこそ出来たのだと思う。当然私は同じ推しの人たちからは媚びてると言われてよく思われなかったが、そんなのはどうでも良かった。私は友達を作りに現場に行っていたのではない。現場では推しAだけが全てだった。
そんなオタク生活に疲れたのかもしれないし、推しAは苦労のすえ少々特殊な立ち位置に至ったため、オタクがわーきゃー出来る現場が気がつけばなくなっていた。私はそれまでも推しBがいる現場にちょくちょく通ってはいたのだが、推しBを見つけたせいもあり、どんどんはまっていった。推しBは無理すれば産めるほどの年齢差があって、見つけた時は正直幼児だった。ウチワを持つことも手紙を書くこともためらわれた。ましてや出待ち入待ちに行くなんて考えられなかった!私はひっそり双眼鏡のみを携えてオタクをやっていた。同時に推しCにもはまった。推しBと推しCの年齢差は3歳位で推しCのが年長である。推しB現場ではなかなか友達が続かなかったが(扱いや同ラインが誰かとかというような関係と、なぜか推しBは長続きするオタクが少なく3年位でいなくなってしまうのであった)、推しCはすぐ仲良い友達が何人も出来た。推しCの友達が言うのはとにかくウチワを持てということであった。それが応援にもなるんだからと。気がつけは推しBも推しCも思春期を終え、けっこういい年になっていた。つまりそれは将来に向けての深刻な正念場であるとも言える。実際チケットをとっても、いるかいないか不安でいつもドキドキしていたし、いるはずの現場にいなくて涙したこともあった。オタクは多いほうがいい!ババアでもいないよりいる方がいい!むしろ関係者席に向かってウチワを振れ!と友達に言われるとなるほどと思い、ウチワを持ってみると、推しBも推しCも愛想よくファンサしてくれるのである。時代は変わっていた。ファンサでオタクを獲得する時代に突入していたらしい。昔は出待ち入待ちするオタクにはファンサしないというルールがあった(信じられないかもしれないが本当です)。いまはむしろ入待ち出待ちで顔を覚えられてるほうが優先的に美味しいファンサをしてもらえるんだという。入待ち出待ちも後ろめたいものでなくなり、みんな気軽に出待ちする時代。ほえー。全然気がついてないうえに、推しA現場が界隈の大局と切り離されてガラパゴス化していた模様であった。推しAの下でストイックなオタ活に励んでいた私だったが、あれは尼寺かなんかだったのか?と思うほど、享楽的な世界がそこに広がっていた。私は簡単にファンサ厨になった。ニコニコして手を振ってくれる。なんて楽しいんだ。これがアイドルだ!推しAを応援する過程でいろいろなくしてしまった楽しみがそこにあった。
当然いつもいつもファンサもらえるような席が当たるわけではない。それまでも私は外れたらお金で解決するようにはすでになってしまっていたが、前列を買ったことはなかった。双眼鏡族だったので入れればどこでもよく、すると結果買うのは後列になる。しかしファンサ目当てだと後列では話にならないので、前列も買うようになった。推しBに認知されたのは間違いなくそのせいである。
ちなみに推しCは頭が良くないので有名で、顔を覚えないのでも有名である。推しCにも認知オタクはいるんだろうけど超小数で、それこそ全ステ最前みたいな人だけな気がする。推しCは頭は悪いがオタクに平等だった。目に入った自分の名前ウチワに全てにこやかで細やかな小悪魔的なファンサを返すのであった。ファンサの天才だと思った。大部分のオタクを覚えてないんだから平等なのは当然かもしれなかったが、推しCを見ていると、アイドルは記憶力なんかなくていい!顔なんて覚えなくていい!と断言できる(芸能人としてはそれじゃ困るのが困るところだが…)。推しCは身分が安定し、コンサートの会場規模がMAX大きくなったところで、名前ウチワにファンサしなくなった。それが推しC本人の判断なのか、他の誰かからの提案なのかは不明だが、私はそれでいいと思った。物理的にMAX大きくなった会場で自分の団扇全部にファンサするのは無理だ。それなら一切応えないのはアイドルとして正しい。○○して的な団扇には推しCは今も応えている。あの楽しかった悦楽の世界は全部営業だったんだなとしみじみ実感してしまうと、全然虚しくならなかったといえば嘘になるが、私は大して恨みにも思わずウチワを捨て、元の双眼鏡族に戻った。私の楽しかった思い出は全く彼の思い出ではないのだ。むしろ何も記憶にないだろう。営業ってそういうことである。